どうでもいいノーベル文学賞

ノーベル文学賞に選ばれたボブディランが
連絡に返答しない事に対し、ノーベル賞選考委員が
彼の態度を無礼で傲慢だと語っているという。
選考委員は、こんな名誉ある賞を授けてやるというのに、
なんて無礼な野郎なのだ。感謝感激して有難く思うべきなのに。
と憤慨しているのでしょう。
この勘違いっぷりに、
とってもスウェーデンらしさが出ているわ?
と大変すがすがしい気持ちでニュースを目にした私。

この勘違いっぷりは、
元客室乗務員である中高年女性が唐突に、
しかも誰も聞いちゃいないのに自ら、
「私、○○(航空会社名)で昔CAやってたの~。」と、
みんなが「わ~!すごい~!」と憧れ感嘆の声を漏らすのが
当然だと言わんばかりのテンションと輝く笑顔で
誇らしげに言い出すのと同レベルのモノです。
バブルの時代はどうだか知らないけれど、
いまどき元CAとか、別に憧れないのに・・・・・
(あんな過酷な労働をしていただいている事には感謝がつきませんが)

ノーベル文学賞などという、ラジー賞とたいして変わらない賞、
どうでもいいわ、と思っている人も少なくないでしょうに、
その事に気づいていない裸の王様なノーベル賞選考委員さん。
そんなトコも含めて、やっぱりノーベル文学賞は
ラジー賞だと思います。平和賞もラジー賞だし。
ついでに経済もちょっと・・・
この3つはいらないと思う。なんであるの?って感じだけど。

受賞の連絡を無視する事により、いきなり注目度と知名度を
ガツンとあげるというスゴ技をやってのけたボブ。
ありがたや~と受賞連絡を受けるよりもずーっと効果大。
このまま無視し続けたり、受賞拒否すると
もっと効果が出て、自身の株をさらに上げるチャンスだわ。
侮れない男・・・!ボブ!

彼の作戦にまんまと引っかかって(←勝手に作戦扱い)
悔しいけれどなんだか彼の曲を聴きたい気持ちが湧いてきて・・・
ほくそえんでるボブが想像できて悔しいわ。(勝手な妄想だけど)

スウェーデンではノーベル賞を、それはそれは神々しく
世界で最も名誉ある、誰もがひれ伏すような威力を持つ、
すばらしく権威ある賞扱いしている、という印象があります。
こんな大げさな扱いなのね~、とちょっと驚きました。

TVでは何時間も延々と授賞式を放映しているのですが、
ある時学校で先生が「○時から放映が始まるわよ!」と
そわそわし始めて、授業中だったのだけどTVをつけて
授賞式を見たことがあります。
まるで天皇陛下の玉音放送が始まるかのような仰々しい扱い。

そして先生がおっしゃるには、
スウェーデンの授賞式ではスウェーデン国王一家は
みなおめかしして、豪華なドレスを着ていて、
まあ素敵~、うっとり~、なんだけど、
ノルウェーでの授賞式ではノルウェー国王一家は
地味でさえない服装をしていて、ノルウェーはしょぼい。
ふっ。スウェーデンの方がイケてるわね?
という事でした。
・・・やだっ、ショボイ戦いだわ?!
それに国税で豪華な格好しているのを喜ぶ方がダサいわ?カッペの成金みたい
国税だからこそ派手にしないノルウェーの方が賢く品があると思ったけど。

新聞、雑誌のノーベル賞特集も、
国王一家のファッション特集が目立ちます。
ヴィクトリアが着用したドレスはこんなところが素敵、などと
ファッション評論家が分析したりとか。
あとは晩餐会の料理の内容についての解説。
えっ、ファッションとグルメ中心???
多くのスウェーデン人が関心を持つのはその程度の内容だってことなのね。
なんていうか、ラジー賞のノリじゃない?と思っちゃう。

でももしかしてこの件って結局、
ボブとノーベル賞関係者がお互いの注目度アップのために仕組んだ
計画的な宣伝作戦だったりしてね
昨今は炎上商法とかも流行っている事だし、勘ぐっちゃうわ。

頑張る事は悪い事?

私が変だな~と思うスウェーデン社会の一部に、
頑張る事を良しとしない事、
人より優れている面を認めてあげない事、
むしろ人より優れている事は悪だとして憎む事、
などがあります。

エリトリア人との雑談時に彼女が言った事ですが、
過去の授業中に先生が教室内の生徒たちへ質問をいくつかした際、
彼女はそれらの答えがわかったので答えを次々と発言した所、
先生がとても嫌そうな顔をして彼女を見たそうです。
これ以上発言するな、と目線でプレッシャーをかけたそう。
要するに、彼女が答えをわかり発言した事が気に食わない

その話を聞き、
「どうして嫌な顔をするのか不思議ね~、
先生はあなたの事を褒めなかったの?」
と聞く私に彼女はこのような事を言いました。
「ううん、先生は私が他の生徒より理解が出来ている事は
悪い事で、それが嫌な事だと思っていたの。
なぜかというと、理解できる生徒がクラスにいると、
理解できてない生徒が自信を無くすかららしいよ。
スウェーデンの学校っていうのはそういう所なの。
本当に変な事だよね。普通は勉強が良く出来る生徒には
先生はその努力を誉めて、応援するはずなのに。」

クラスに勉強のできる生徒と理解の遅い生徒がいると、
学力に差が出てしまうので、それは不平等で悪い事。
理解が遅い生徒は弱者なので、その弱者が自信を無くしたり、
悲しい気持ちになる事はやってはいけない悪い事。
だから人より勉強が出来る事は悪い事とされる、
という内容の話を聞き、
嘘でしょー?!とすごく驚き信じられない気持ちでしたが、
色んな移民たちの経験話を聞くとやっぱり
そういう価値観がスウェーデン社会ではまかりとおっている
という事になってくるのです。

理解が遅い生徒に対し暖かく見守る事は良いと思いますが
人より優れた面を持つ人を冷遇し認めなかったり、
優れた面を引っこめろとプレッシャーをかけるというのは、
とても変だし、嫌~な気持ちになりました。
優れた面を伸ばすサポートをするどころか、
むしろ足を引っ張るかのような対応・・・
なんなのかしら?よくわからないけど気持ち悪いわ

スウェーデンにおける「平等」というのはこういう事なんですよね。
他人が自分より優れていたり良い思いをするのは良くない事で
許せない、みたいな。
なんかそれって単なる僻みじゃないの???
としか思えない低レベルな感情に思えてしまって、
スウェーデン人の唱える「平等」という言葉には、
どうしても胡散臭さを感じ取ってしまうのです

太陽を忘れそうな生活

スウェーデンに住んでからよく思う事のひとつ。
あれ?前回晴れたのは一体いつだったっけ・・・?
ということ。
前回太陽を見た日、青空だった日がすぐには思い出せない
それは、前回晴れた日が前日とか二日前どころではないから。
それくらい天気の悪い日が多く長続きするという事です。

最近はずーっと曇っていて、霧雨、にわか雨が頻繁。
しかも曇りは曇りでも、日本の曇りよりも雲が分厚くて、
雲の色が暗い色です。
どんより具合がこっちの方が重々しいのです。
単なる曇りじゃなくて、重苦しい暗~い曇り・・・

やっぱり地球北部は人類が住むのには適していないわ
心と体の健康に悪いっ
人類も植物のように温暖な土地で日光を浴びないと
元気が出ないのだと思うわ!
日陰を好む植物ってなんか地味で生命力に欠けるものが多いし、
寒い地方の野生動物ってヌボーっとしているのが多いし。

私ってやっぱり温暖で日光に恵まれている地域に
適した生物なのだわ~と思ってしまいます。(多くの生物がそうだと思うけど)
しかも食料は多種類の新鮮で美味な物を好む生物
ということは・・・
地球北部には全然適していない生物って事になっちゃうわ

死刑制度を悪とする、あるスウェーデン人の態度

日弁連が死刑制度廃止の声を上げているというニュースを見ました。
その理由として多くの国が制度廃止しているだの、
冤罪の可能性についてあげていました。
欧州地域の人々の死刑廃止を支持する理由は、
冤罪の可能性と、犯罪者の人権を尊重する事が大事、
というものが大きいように見えます。
犯罪者だって本当は普通の人や良い人なのだ、
たった一度の犯罪で悪人と決めつけるのは悪い事、差別的な事。
人は変われるのだ、立ち直るチャンスをあげよう。美しき人権尊重!
そしてそんなチャンスを上げる私ってなんて寛大で
差別精神の無い、心美しく素晴らしい人なのかしら?
世界中から尊敬されるべき正義感に溢れる優れた人物だわ~。
私に賛同しないヒトデナシには暴言吐いても踏みにじってもヨシ!
という考えは死刑制度を不要な悪として毛嫌いする事を良しとする、
欧州の赤い思想の人に特に強いものです。
どんな人かと言うと、支持政党は「緑の党」「環境党」といった、
エコなイメージをまとった共産寄り政党を支持する様な人たちです。
(原発反対とLGBTの権利と難民歓迎がお約束の打倒資本主義な人)

私の出会ったスウェーデン語の先生もバリバリの赤い人でした。
ある日の授業で、先生が死刑制度の話を始めました。
「死刑は本当に酷い事よね~。」
「ねえ、そう思わない?みんな!」(みんなの顔を見て同調を促す)
「死刑って本当に必要かしら・・・?」(オーバーな痛ましい表情)
死刑はひどい、どんでもない、人権が~などと
それはそれは熱心に、感情込めまくりで
いかに死刑が悪い事であるかを散々と語ったのでした。
しかし犯罪者の犯した残酷な事については何もコメントせず。
そしてその後、私の方を見て、
「ねえ、日本はどうなの?死刑制度はあるの?」
と、とぼけた顔して聞いてきました。

過去の複数のスウェーデン語の先生を見てきた限りでは、
先生は受け持ちの生徒の国や宗教や習慣などを
ちゃんと調べているらしく、一般知識は持っていましたから、
あの先生も日本の件について知らないはずは無いんですよね。
さらに授業中の話題として取り上げるくらいですから、
生徒の国ではどうなのかぐらい、ちゃんと調べているはずなのです。

ん?これはなにっ?
はは~ん、見せしめにしようとでもするつもりなのかしら?
と思った私。
「え~?なになにっ?」
「う~ん???」
「それって何ですか???」
「え?え?」(目をパチパチ)
ぽか~ん・・・???(首をかしげる)
と先生の話すスウェーデン語が難しくて意味わかりませ~ん。
といった感じで、先生が質問を諦めるまで
私もとぼけた顔で応戦してみました。
結局質問ははぐらかし、最後までなんとも答えなかった私。

ひょっとしてあの先生・・・・・
犯罪者も同じ人間。彼らを差別せずに人権を尊重する我が国スウェーデンは、
世界一崇高かつ人道的かつ優れた国であるので、
世界中の人々は我が国を尊敬し崇めるがよい。
そんな崇高で寛大な我がスウェーデンは、
死刑などと言う、とんでもなく野蛮かつ、下衆で恥知らずで、
ケダモノ以下の行為を行う、邪悪で粗悪で汚らわしい国と
その国からやって来た忌々しく汚らわしい腐った生ゴミには
強力な消臭剤を振りまくわよっ!
穢れの無い高貴で清い心を持つワタクシが醜い悪者を退治しちゃうわよっ!
とでも思っていたのかしら???

私はスウェーデンに来て、赤い先生たちの態度を見て、
本当、赤い思想の人って、
差別はんたーい、とか、人権ーとか言いつつ、こういう事するし、
言っている事とやっている事がかみ合っていないな、
ああいうのはろくでもない思想の持ち主だな、
と思うようになったのです。
スウェーデンは赤い空気が大変濃いのです。
さすが赤い人たちの聖地なだけあるわ、と思います。

それにしても、
犯罪者の人権を被害者や遺族の人権よりも尊重する価値観って
本当に変だと思います。

※後日、あの先生の態度は私への嫌がらせ、差別的な態度だと思う、
学校責任者に伝えるべきだ、とか、
日本の死刑制度はアメリカと同じです、って答えれば良かったのに、
といった意見をくれた人がいました。

飲み物と料理の組み合わせ

以前日本に行った時にイタリアンレストランへ入りました。
何を頼もうかな~とメニューを見て驚くべきものを発見。
それは、飲み物の欄に書かれていた、
「ウーロン茶」の文字。

イ、イタリア料理に中国茶っ!!!!!
この全く関連性のない奇妙な組み合わせは一体何!!!!!

驚きと混乱で目が釘付けに。

どう考えても変です。
フレンチレストランに番茶があるようなものじゃない?
それか、お寿司屋さんにトムヤムクンがあるようなもの。
(あっ、この組み合わせはスウェーデンならきっとあるわ・・
お茶ならせめてハーブティーにして欲しかったです。
それか日本らしく緑茶の方がまだましな気が?(それも変だけど)
(イタリアには焙煎した麦を抽出した飲み物があるから麦茶でも案外いいかも?)
とにかくウーロンはありえない~

なぜ日本にはあんなにあちこちでウーロン茶があるのか
ちょっと不思議でした。
健康に良い、というイメージでも広まっているのでしょうか?
欧州地域だと、緑茶は健康に良い、というイメージがあります。
ウーロンは産地が産地なだけに、安全性、信頼性の問題もあるし、
油っこい中華には合うと思うけれど、味がキツすぎて
他の料理にはあまり合う気がしないのですが・・・
我が街のスーパーには日本産じゃない緑茶(レモン風味等)や、
インドのチャイのティーバッグが売られていますが、
ウーロン茶は見た事が無いです。
ペットボトル入りお茶も無いし、缶コーヒーも見た事無いです。
ドリンクは甘いジュースや炭酸飲料、飲むヨーグルト系ばかり。

そういえば随分前の話ですが、
日本へ出張で来たイギリス人と日本の部署の人たちとで
イタリアンレストランで夕食を取った時の事、
食後の飲み物はどうするか聞きに来た店員さんへ、
みんながそれぞれ、私はエスプレッソ、私はブラックコーヒー、
などと注文を告げた後、イギリス人へ何を飲むか尋ねたら、
「じゃぱにーずてぃー」と答えたので、ちょっと驚きウケたっけ。
別にギャグで言った訳じゃなくて本当に飲みたかったらしいです。
日本だからどこでも緑茶があると思っていたみたいです。
緑茶は美味しいけれどイタリアンとは合わないと思うけれども、
まあそこはイギリス人だし・・・と思ったのでした。
プロフィール

Bra

Author:Bra
スウェーデン在住のBraです。海外在住ブロガーやフリーライター、その他メディアがあえて伝えない、書きたがらないスウェーデンの一面を主に取り上げています。

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